病気でない病気で苦しんでいる人のために

 忘れもしない28歳のとき、それは突然やってきました。私の心臓が早鐘のように打ち続け、不安と絶望のどん底に突き落されたのです。なぜ、絶望感が全身を駆け巡ってしまったのか?それは、瞬時に医者では治らない。そのように悟ってしまったのです。私は知らなかったのですが、母はすでにそうなることをを知っていたのです。

 思えば、小さい時分から私の身体には説明のつかない苦しみが、折々に襲って来ていました。ただ、子どもごころにそれは気のせいではないかと、無理に自分自身に言い聞かせてていました。なぜならば、病気ではない苦しみであり、大人の人に話しても理解してはもらえないだろうなぁと一人で呻吟していたからです。         
 そばで視ていた母は霊感の強い人でしたから、感じるものがあったのでしょう。幼いころから、いろんな祈とう師のところに連れていかれました。
 もちろんその時は子供ですから、何の反発・違和感も持たずに盲目的にそれを受け入れていました。ただ、祈とう師の能力はどこから来るものであり、ど のようにして獲得できるのか?それは本物なのか、はたまたインチキなのか心は常に揺れていました。はじめて、密教的法華経に触れたのはそのときからです。                                   

約束されていた苦しみ

 私の手相を見ると、両手にクッキリと生命線が28歳前後のところで切れています。そうです、的中してしまったのです。でもこれは、手相が先に予告していたわけではありません。
 母はある祈とう師から言われていたのです。この子はたしかに身体が弱い。そして、28歳ごろにどのような形かは分からないが、ある症状に襲われる。でもそれを通りこせば、その後は順調であろうと。               
 とんでもありません。一家揃って文字どおり奈落の底でした。結論から言えば社会復帰まで約10年かかりました。でも、症状が治癒したから復帰できたのではありません。いくらか軽減してから次の様に考えることにしたのです。世の中には苦しんでいる人がたくさんいる。上をみたらキリがない、さりとて下をみてもキリがないではないかと。 自分の苦しみの位置がどこにあろうと、それは問題ではないと思ったのです。なぜなら、満足な五体があるではないか。十分に思考できる脳みそがあるではないか。手足もちゃんと動くではないか。そう考えたら肩の荷が降りたのです。           

具体的な苦しみ

 今でも苦しみはあります。でも最悪期の苦しみに比べたら10分の1以下です。
 では、苦しみはどんなものであったのか。心臓に矢が刺さる。その様な違和感あるいは不快感。そう表現するしかありません。そのうえ、後ろにある背骨が真綿で雑巾を絞るような力でギリギリと締め付けてくる。心臓は常に百を超えてドクドクと脈を打っていました。それだけならまだ良い方。原因不明の強度な片頭痛。病院の検査では脳に異常なし。私の場合は吐き気をともなうものであったので、ものは食べられない、夜は眠れない。横になるにしても背骨と心臓が締め付けられて余計に苦しくなる始末。立っているしかありませんでした。それが24時間途切れることなくつづくのです。
 結局、在宅療法とはいかず、2年間とある病院に入院しました。しかし、適切な治療法はあるはずもなく、無益な2年間でした。
 ただ、こんなことがありました。ある時、病室の窓から外の風景を見ていました。道路に目をやると、お母さんと幼い娘さんが手をつないで歩いていました。たいへんシンプルな日常の光景です。でも、私はそこに真理を観たのです。なんの変哲もない日々の人々の流れです。でも健康だからこそ幸せなのです。          

見えない世界からの支援

 そうこうしてるうちに、あるお坊さんを紹介されました。日蓮宗のお寺でした。百日寒行を二度体現した方です。
日蓮宗の宗派はたくさんありまして、私の場合は密教系のお寺が授かった訳です。
 密教系の日蓮宗では、霊断という手法があります。百日寒行を経て、宗派に認定される資格です。ある種の霊感が過酷な水行によって身に付くのです。命がけの行です。
 早速視てもらいました。私のような症状あるいは苦しみは、現代医学では説明できないし、たとえ説明できたとしても心身症・うつ病の類で済まされてしまうでしょう。そう言われました。                

 あなたのような苦しみは、医学の領域のものではなく霊障であるとの霊断結果でした。過去の因縁を断ち切り、追善供養のやり方で原因を取り除きましょう。そう、助言されました。
 そのとき、こうも言われました。3年経てば薄紙をはがすようによくなるでしょう。そして、あなたは、このお寺から去るでしょう。また、あなたは将来〇〇になるでしょう。
 見事に当たりました。そして、突然お寺を去る時も訪れたのです。ある古参の信者さんがなんの脈絡もなく、私たち親子にこう告げたのです。まじめに通われてるから言うけれども、このお寺はそんなに足繁く来るところではないのですよ。つまり、このお寺に関わる人たちはあなた達が思うほど立派ではないのですよ---。ビックリしました。なぜこの人は、そんなことを言うのだろうか?わたしは呆然とし、暫し、熟考しました。お寺という建物のなかに仏様がいる訳ではない。
 あまねくこの空間のなかに普遍的な教えがあるのならばどのような時も、今自分が立っているこの場所こそがまさしく修行の場ではないのか。なぜかこのようなメッセージが降りてきたのです。そして、私たち親子ははそこから去ったのです。

スウェーデンボルグとの出合い

 ある日散歩の途中、街中にあった当時いちばん大きい本屋さんに何気に立ち寄ったのです。ふっと棚に目をやると、霊界日記なる本が視界に飛び込んできました。目次を繰るうちになぜかゾクゾクッと、さらに身体中にワクワク感が出てきました。
 早速買い求め、夢中になって読んだ記憶が今でも昨日のことのように蘇ってきます。読後感---うーん、そうか人間って死んだら土に還ってお終いではないのか。その時を境にして、私の霊的探究の道が始まったのです。まだネットもない時代でしたからスウェーデンボルグに多くの著作があるとは知る由もありませんでした。それが、幸いしたかは分かりませんが他の霊的な本を読み漁りました。特にエドガー・ケーシーの著作を読破しまた。
 いずれにしても、死んだらお終いではないと気づいてからは、行動も前向きになり、考え方も180度変わり、この苦しみと折り合いをつけるにはどうすればいいのか 。

この苦しみでは死なない ! ならば自分で治そう !

 熟慮に熟慮を重ねました。
   そうだ、自分で治そう。そのように思ったのです。そして、医療系の専門学校に入り基礎医学を勉強したのです。解剖学の先生が最初の授業のとき、黒板に大書きした言葉が今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
 -無知は罪をつくる-。医療事故が起きないためには基礎医学をきちんと学んでください。
 その意味では、霊的な世界も霊的事象に惑わされるのではなく、奥の奥に見え隠れしている真理のメッセージに気づくことが第一義であると今ではそう考えています。また、霊的な基礎知識を一生かけて学び続ける。次に行動すること。これに尽きると思います。
 日蓮上人もこのように言っております。「行学の二道を励み候べし」つまり、学行とは言っていないのであります。何事も行、つまり行動が先なのであります。
 最後に、どんな人でも順風満帆に人生が過ぎ去っていくわけではありません。艱難辛苦、山あり谷ありです。その経験の積み重ね、蓄積が「人間は人間に成っていく」プロセスを辿っていくのだと思います。アイヌネノアンアイヌ(アイヌ語:人間らしい人間)