巨樹の生い繁る杜(もり)でできた神殿

巨樹の生い繁る杜(もり)でできた神殿
巨樹の生い繁る杜(もり)でできた神殿

    かつては樹齢7,000年(現在は推定4,500年)と言われた屋久島の縄文杉。大地深く根を張って幾千年の風雪に耐えた雄姿は、圧倒的な神聖さに満ちている。

    アブラハムはマムレのテレビン(一種の樫)の傍らに天幕を張り、イエスは最後の日の朝まだき、オリーブの林で祈った。洋の東西、宗教を問わず、古来、人類は森林に聖なるものを感じとり、そこで祈り瞑想してきた。

 

スコットランドの貴族の領地内に生えるイチイの巨樹
スコットランドの貴族の領地内に生えるイチイの巨樹

    森林破壊が地球規模で進行する中、日本は未だ国土の60パーセントの森林を残しており、お隣の中国の20パーセントと較べてみるだけでも、この事実の貴重さがわかる。各地の鎮守の杜にはまだ多くの巨木が残っている。

    ところで、スウェーデンボルグの著作中にある「杜そのものでできた神殿」をご存知だろうか。地上で見られる「杜の中にできた」神殿ではない。あまたの巨樹が生い繁り、これらの巨樹を生えたまま、大胆かつ精緻に組み立てて育て、ついには杜全体を壮大な神殿に創り上げたと言うのである。

    スウェーデンボルグがヴィジョンの中でこの神殿を目撃したのは、太陽系外の「第三の地球」においてである。

 

 

彼らの地球には巨樹でできた生ける神殿がある!
    神殿の全体は、切り倒された巨木ではなく、元の土に生えたままの樹木で建築されていた。彼らは

「私たちの地球には驚異的な高さと大きさに成長する巨樹があります」

と語った。これらの巨樹を彼らは柱廊や廊下にするために、最初から秩序正しく配列し、まだ枝がやわらかいうちに切り取ったり刈り込んだりして、これを手入れし整える。その結果、巨樹は成長するにつれて、絡みあって結びついて神殿の土台や床になったり、また、横のほうの巨樹が伸びて壁になったり、上のほうがアーチ状に曲がって屋根になるのである。こうした方法で彼らは見事な技術を用いて地上高くそびえる神殿を建築する。また、彼らは、横へ広がって固く結びついた樹の枝を連ねて神殿への上り口を設ける。そればかりか、彼らは神殿の内側や外側に、葉の繁った弓状の枝をさまざまな形に折り曲げて装飾を施している。こうして彼らは杜そのものを神殿に建築するのだ。                                                                               (『宇宙の諸天体』151)

    ここで大切なのは、遥か彼方の天体にそんな神殿が存在するかどうかではなく、ヴィジョンの語りかける宗教的意味である。

    日本人には、鉄や石やコンクリートに較べて耐久性や耐震性が劣ると言われても、木造の家を好むものが多い。けれども木の家も、切られた木の組み合わせでしかない。そこには木の「生命」の断絶がある。

    これに対して、生えたままの巨樹を縦横無尽に編んで創った神殿には、 「生命」「流れ」つねにかよう、文字どおりの生ける自然が躍動しているのだ。

  霊界と自然界は照応(大宇宙:大いなる存在と小宇宙の人間が呼応すること)し、この照応に基づいて古代人は神を礼拝したと、スウェーデンボルグは言う。その究極の形態は、杜の中での礼拝でもなく、杜そのもので建築した神殿内での礼拝であろう。

 このヴィジョンの意味の中核は、自然は内部の霊的生命に生かされる時に真の自然になるということ、また、現在、自然との共生と称されるものは、人間が生きた自然を最大限に生かすということであろう。