霊界の太陽

 スウェーデンボルグは自然界の太陽に照応(大宇宙:大いなる存在と小宇宙の人間が呼応すること)する霊界の太陽についても記述している。

(ドレ画「最高天 火と光の世界」)
(ドレ画「最高天 火と光の世界」)

 科学的著作の執筆中に仄(ほの)かにみえた小さな火や光は、霊眼が完全に開かれてからは真昼の光の何倍もまぶしい光となり、ついにはそれが霊界の太陽から発光し、放射されている光と熱であることを知ったのである。

 スウェーデンボルグによれば、神の愛と知恵は最初に霊界の太陽の熱と光として現れる。その太陽はまたキリスト意識(無償の愛そのもの)にたとえられている。

 諸天界に光が存在することを、自然界からしか考えない者は把握することができない。しかし、その光は、この世の真昼の光をはるかに凌駕する光である。

 そのような光を私はしばしば、夕方や夜でさえみた。-私は徐々に内的にその光の中へ導かれると気持ちも高まり、私の理解力が引き上げられた。すると理解力は非常に啓発されたので、以前にはわからなかったこともわかるようになった。そしてとうとう、自然の光からくる思考によってはけっして把握できなかったこともわかるようになったのである。-神の愛がどんなに大きいか、またその愛がどんなに強烈かを、この世の太陽と比較して知ることができよう。

 だから、太陽としての神は諸天界のなかへは媒体なしには流れ入らない。その燃えるような強烈な愛は、途中で徐々に和らげられる。天使たちはその光の流入で害されないように、順応させる薄い雲に覆われている。

 それゆえ、高次の諸天界は愛の善にいるため、太陽としての神のもっとも近くにあり、低次の諸天界は信仰の善にいるので神から遠ざかっている。しかし、地獄にいる者のように、どんな善にもいない者たちはもっと遠ざかっていて、善への彼らの反感に応じてその隔たりも違っている。