輪廻転生説の検証


生まれ変わりを待つ人たち?
生まれ変わりを待つ人たち?

 人間が死んでもまたいつか生まれてくるという再生思想は太古の昔からある。多分これは大自然が「めぐる」という自然の大循環のなかで営まれるていることから自然発生的に生まれてきたものと推察される。

 私たち人間は、太陽は東から昇って西へ沈んでいるという感覚のなかで生活している。日の出の太陽はたしかにさわやかで荘厳であり、思わず手を合わせて拝みたくなる崇高さがある。そして西に沈みゆく太陽を見ていると何となく感傷に浸り太古の人々が日没を太陽の死と捉え、日の出を太陽の再生と考えたのも無理はないだろう。

 その考えが一つの民族意識となって昇華したものがインドの再生輪廻思想ではないだろうか。あらゆるタイプの人間、あらゆる階層の人間が時には動植物にまで生まれ変わって罪や穢れを消滅してゆくという考え方である。

 ただ、この再生輪廻思想は物質世界の脳で知覚しうる種類のものではなく、霊的な概念を持ち込まなければ、単にこの世の脳という粗末なアンテナでキャッチできる性質のものではないだろう。

生まれ変わりの再生問題に証拠は何一つない

 米国心霊史上最大の霊能者D・D・ホームが次のようなことを言っている。

 

 私は多くの再生論者に出会う。そして光栄なことに私はこれまで少なくとも12人のマリー・アントワネット、6人ないし7人のメアリー・スコットランド女王、歴代のローマ皇帝ほか数えきれないほど多くの国王、20人のアレキサンダー大王にお目にかかっているが、横丁のおじさんだったという人にはついぞお目にかかったことがない。もしそういう人がいたら、ぜひ貴重な人物として檻にでも入れておいて欲しいものである、と語っている。 

 日本でもその昔、手の平か足の裏かにある印をして死んだ人がおり、その直後に同じ印をした子供が生まれたという話が流布された。この話しはそのものをまず疑ってかかるべきである。

 

 百歩譲って事実だとしても霊的世界ではそれくらいの現象を起こすのは何でもないことである。なぜなら、霊は思えば叶う世界に生きており、この世の肉体にそのエネルギーを投影することは容易に考えられるからである。