第十章 カントによる千里眼批判
「カントの千里眼批判」の舞台となったW・カーステルの家
「カントの千里眼批判」の舞台となったW・カーステルの家

超能力者スウェーデンボルグ」

 スウェーデンボルグの心霊的な能力は日常生活においてもしばしば発揮され、多くの逸話を生んだ。霊媒として故人の霊的世界での消息を伝えたり、皆が関心のある未来予知とか、現代では超常現象(PSI)として知られている事柄が彼の一連の能力として報告されている。

 

 彼自身はこうした説明できない事象に好奇な目で関心を示す態度を、人間の健全な精神生活にとって有害かつ危険なものと考え、たとえ人から頼まれても、それが正当な理由を持つとき以外はこの能力を行使することはなかった。

 

 彼の友人ロブサームがある時スウェーデンボルグに、一般の人々も霊界交信ができるかどうかを尋ねた。その際、彼は断固としてこう答えている。

 

一般人の霊界交信の戒め
霊界交信に集中するスウェーデンボルグ
霊界交信に集中するスウェーデンボルグ

 「こうした交流は狂気へと直結する道ですから、注意してくださいというのは、人間に隠されている霊的な資質をなんの倫理観もなしに使うことは、その人間自身が自らを地獄の妄想や影響力から引き離しておく方法を知らないうえ、人間が自分の認識を超えた天界のようすをひとりよがりの判断力によって見つけようとすると、その人を混乱させてしまうからです

 

 「あなたは、不必要な探求によって自分を見失ってしまう神学生や、やたらそうしたことをしたがる神学者たちが、どれほどしばしば理解力を損なうことになったかをご存知でしょう」

 

ストックホルム大火災を見通した千里眼

 スウェーデンボルグの超常現象能力に深い関心を示した同時代者のひとりが、ドイツの哲学者、若き日のカントだった。批判哲学を確立し後世の哲学や神学に大きな影響を与えたカントの、スウェーデンボルグへの並々ならぬ関心は、非常に興味深い問題なので取り上げてみたい。

 スウェーデンボルグはたびたび外国旅行に発ち、一七五九年に帰国する一年前からロンドンにて著作に専念し、五冊(ロンドン五部作)を彼の地で出版した。「スウェーデンボルグの千里眼」として後の語り種(ぐさ)となった事件は、この帰国の途中に起こったのである。

 七月十九日、土曜の夕方のことであった。彼はイギリスから帆船に乗って、スウェーデン西海岸の都市イェーテボリに到着した。そして同市の商人だった友人、ウィリアム・カーステルの夕食会に招かれた。現在もサールグレン家として残っているカーステルの家には、ほかにも十五人の客が招待されていた。

ストックホルム大火災を見通した千里眼
ストックホルム大火災を見通した千里眼

 食事中、スウェーデンボルグは極度に興奮し、顔面が蒼白となった。不安と焦燥に満ちたようすで、彼は幾度となく食卓を離れた。そして、只ならぬ空気を感じとった一同に向かって、

 「今、ストックホルムで大火災が猛威を振るっている」

と、告げたのである。そして落ち着きを失ったまま再度、外に出て行き戻って来ると、ひとりの友人に向かって言った。

 「あなたの家は灰になった。私の家も危険だ」

 その晩八時頃、もう一度外へ出て戻って来た彼は、大声で叫んだ。

 「ありがたい!火は私の家から三軒目で消えた」

 

イェーテボリの街並み
イェーテボリの街並み

 同夜、この話を来客のひとりが州知事の耳に入れたために、知事の依頼に応えて翌日、スウェーデンボルグは火事の詳細を話した。火事のあった二日後、通商局の使者がストックホルムからイェーテボリに到着した。両都市は約四八〇キロメートルも離れていたが、この使者の火災報告とスウェーデンボルグの語った内容とは、気味悪いほど一致していたのである。

カントによる批判と評価

 ヨーロッパ中に知れ渡ったこの出来事に深い関心を抱いたカントは、かなり大がかりな調査を始めた。三九歳のカントが、その後援者の娘クノープロッホ嬢宛ての手紙でこの詳細な調査報告をしたのは、大火の四年後である。彼はその中で、スウェーデンボルグの千里眼は「何よりも強力な証明力を持ち、およそ考えられる一切の疑念を一掃してしまうように思われる」と述べている。

 この手紙の中でカントはまた、スウェーデンボルグに手紙を書き、自分の質問事項にスウェーデンボルグが新刊書の中で答えるという約束をとりつけた、とも述べている。カントの依頼を受け実際にスウェーデンボルグに会った友人の伝えるところによると、スウェーデンボルグは「理性的で、親切で、率直な」人物であったという。

カントの苛立ち

 ところが二年たっても、スウェーデンボルグは新刊書の中でカントの質問に答えた形跡もなく(おそらく単純な失念と思われる)、またスウェーデンボルグの著作を送るという前述の友人の約束も果たされなかった。苛立ったカントは八巻もの分厚い、『天界の秘義』を自ら買い込んで読み、一七六六年にスウェーデンボルグへの批判書『視霊者の夢』の出版に踏み切ったのである。

 カントの批判の痛烈さは、次のような言葉に表れている。「この著者の大著はナンセンスに満ち」「完全に空(から)で理性の一滴も含まない」。実際、カント学者K・フィッシャーは『視霊者の夢』を評してカントにとって形而上学とスウェーデンボルグは「一撃でぴしゃりと殺されるべき二匹のハエ」だった、と述べている。

カントの両面価値的な態度

 しかしカントは、表面上はともかく、スウェーデンボルグの心霊能力や思想に対してのみならず、霊的な存在一般に言えることには一貫して、両面価値的な態度を見せている。なぜなら、カント自身、超自然的なものをどう処理してよいか、その時点で確信が持てなかったのである。だからこそカントは、スウェーデンボルグの「大著は理性の一滴も含まない。それにもかかわらず、その中には、同様の対象に関して理性のもっとも緻密な思弁がなしうる思考との、驚くべき一致が見られる」と述べざるをえなかったのである。この批判書において彼はまた、スウェーデンボルグの千里眼に関して、「真実であるという完全な証明が容易に与えられるに違いない種類」の出来事である、と明言している。

カント哲学とスウェーデンボルグの思想の共通性
若きカントの肖像画
若きカントの肖像画

 その思索の方法は異なるものの、カントの哲学とスウェーデンボルグの思想には、英知界と感性界という二世界の分立、時間と空間の観念性、霊魂の不死に関する思索、宗教における道徳性の強調などの点で、本質的に共通している部分がある。

 カントは『視霊者の夢』出版の四年後、ケー二ヒスベルク大学の教授になり、そののち十年以上の長い沈黙期間を経て、『純粋理性批判』を出版し、不動の名声を確立した。この沈黙の期間の講義で彼が再びスウェーデンボルグに言及し、次のように評したことは注目に値しよう。

 「スウェーデンボルグの思想は崇高である。霊界は特別な、実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない英知界である」と述べている。