第九章 十万の霊との対話
霊界の奥深い所に案内の天使に導かれて入るスウェーデンボルグ
霊界の奥深い所に案内の天使に導かれて入るスウェーデンボルグ

 ある意味で完璧な準備をして霊的な感覚が開かれたスウェーデンボルグは、人跡未踏の領域に入って行く。彼の膨大な著作群では、『天界の秘義』以降の記述からは懐疑や推理や論証は基本的にはなく、神秘家によくみられる比喩や象徴を使った文体もまったくみられない。

 霊的世界を議論ではだれも説得できないことを知っていたスウェーデンボルグは、常に論争を避けていた。そのため、彼の神学著作のどこにも議論の跡はない。

 

霊魂の実体に触れ、いかに幼稚であったかを知る!

 彼が霊魂の実体をじかに見、それに触れ、霊魂の住む世界に身を置いて、その世界の大方を知り尽くしたとき、彼の科学的思索は幼稚な考えになってしまった。霊魂はもはや推理の帰結でも抽象的な本質でもなくなり、心の奥深い領域で自分の内なる感覚を通して現実に見、かつ交わる対象として、つまり、スピリット(霊)として立ち現れる実体となったのである。

 

 唯物論的な世界がいかに幼稚であったかを彼自身が語った一節がある。

 

 天界では霊魂は鳥のようなものである。また霊魂は肉も骨も必要としない。--- しかし私たちが霊魂となって生きるとき、おそらく私たちは、自分がかくも幼稚な考えで想像していたことを笑うことだろう。

 

 実際に約十万の霊たちとの触れ合い、会話のなかから導きだした偽りのない本音であろう。

 

  『霊界日記』の初期の記述で、このへんの事情をスウェーデンボルグは語っている。

 

 私が邂逅した霊たちには、その肉体の生命のあいだに私が知っていた人びとが含まれている。また(霊界で)語りあった人びとを私は数え上げたが、それは少なくとも三十人は超えている。--- その他、約十万の霊たちとの語らいのすべてを思い出せるわけではない。が、数日にわたって話をした者や、数週間、話した者もいるが、二人の者とは約二ヶ月にわたって話をした。私はまたこうした人びとと、彼らが生きていたときの家族の問題や、ほかの多岐にわたる多くの問題について、ちょうど人間が人間と話し合うように話し合い、さらに彼らの死後に起こったことや、そのほかの非常に多くのことについても話しあった。