第一章 生と死の境界
スウェーデンボルグの父イェスペル・スヴェードベリと母サラ・べーム
スウェーデンボルグの父イェスペル・スヴェードベリと母サラ・べーム

 死は必ずしも永遠の別ではない。人が死ぬとはどういうことか。私たちは今、問い直す時期に来ている。私たちは決して孤独ではない。四国霊場めぐりには同行二人というたとえがある。解釈すれば、常に見えざる存在が寄り添っているのである。 

人は死なない

    シャーロキアンと言えば、シャーロック・ホームズシリーズの熱烈なファンを指す。私も小学生の頃、夢中になった読者の一人だ。作者は皆さんご存知のコナン・ドイルである。

 そんなドイルにはもう一つの顔があった。文字通り生涯を賭けて「死者は生きている」という強い信念と確信をもって、ホームズシリーズの印税を全額投入し、見えざる世界に果敢に挑んで光を当てた孤高の人といえよう。

 さらに、ドイルが活躍した十九世紀後半から二十世紀の前半にかけて、母国のイギリスとアメリカでブームになっていた心霊主義をわかりやすく表現した言葉が「死者は生きている」つまり「人は死なない」である。

ベールの彼方の世界

 心霊主義を原理的に言えば、死者との交信は可能であるとする考え方である。そこには、死者は生者と同じようにベールの彼方に果てしなく広がる世界に住み、物質世界とは別物の異次元に存在して生きているのである。

 

 コナン・ドイルが生きていた時代は、心霊主義が興隆するような社会的な下地はまったくなく、加えて科学的唯物論が主流であり、心霊現象のような非科学的な物や迷信のたぐいはすべて否定する風潮が、社会全体に広がっていた。

 

 これは、ニュートンが確立した力学が土台となった科学理論であると同時に哲学であり、人間や生物などあらゆる存在から宇宙に至る森羅万象は、すべて物体とその運動の現れであるという機械論的な唯物論の影響であった。

 

 そもそも聖書でモーセやイエスなどの霊的指導者が起こした奇跡が数多く記されているのに、キリスト教側がそれを否定し、あげく魔女狩りで関係する人々を一掃する愚かな行為をしている。これだけを見ても唯物論がキリスト教すら圧倒していたことがわかる。

 

 こうした傾向は、正統科学が猛威をふるった結果であり、その権威は当時も現代と同じように絶対的だったのである。そのような時代にあって、ドイルは心霊主義に目覚め、その伝道に懸命に取り組み、特筆すべきは、謎解きすなわち心霊主義は正しいのか、に人生の後半生を捧げた。

生と死の間に生き死にの循環がある

    果たして生と死の境界はあるのか、『アイヌ歳時記』には以下の記述がある。「木が繁るだけで何もない盛り上がった土。しかし、その裏側にはこの世と同じような世界があり、先祖たちが待っている。現れては消える生き死にの循環がそこにはある」。言い得て妙である。

(萱野茂著『アイヌ歳時記 』 ちくま学芸文庫、2017より引用)

大哲学者カントが検証した人物

 さて、本題である。このHPはドイルの伝記を詳述するために立ち上げたものではない。もっと困難な時代、遡ること十七世紀に大霊能者スウェーデンボルグが北欧のスウェーデンに生を受けていた。ドイツの大哲学者カントが検証した人物でもある。近代スピリチュアリズムの源流を辿って行くと、スウェーデンボルグの霊魂探究の膨大な著作に行き着くと言われている。彼は科学者であり、知の大家でもある。あらゆる分野に精通した博覧強記の人。

 

   「人間の本質は霊である」と、聖書にも明記されている。スウェーデンボルグ霊界探訪のはじまり。